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新しい定義?夫婦と結婚と〇〇

2025/07/24ウェディングについて

夫婦関係を継続しつつも、従来の夫婦像にとらわれず、お互いのライフスタイルを尊重する「卒婚」という選択肢があります。
夫の定年退職や子どもの成長・独立といった人生の節目を機に、この形を選ぶ夫婦が少なくありません。
結婚したばかりのカップルにはかなり早い話かもしれませんが、「結婚という枠組みから一歩離れる」という決意について、実際の体験者の声を通して考えてみます。
(※2025年2月2日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)

卒婚の現実~夢の田舎暮らしと1年で見えた壁~

「最近は、長年連れ添った相手をすんなりと切り替える人が増えているようですね」――そう語るのは、物まね芸で一世を風靡したタレント、清水アキラさん(70)です。
清水さんは11年前、妻(当時68歳)との間で「卒婚」という形を選んだ経験があります。
「卒婚」とは、法的な婚姻関係を保ちながらも、互いの自由を認め合い、束縛を避けてそれぞれの生き方を尊重するスタイルを指します。
夫婦がこの形を選んだきっかけは、清水さんの移住計画でした。
芸能界という激しい競争の中で長年活躍してきた清水さんは、60歳を迎えたら故郷の長野県に戻ると心に決めていたといいます。
スキーは子どもの頃から親しみ、高校から大学にかけては5年連続で国体に出場するほどの実力でした。
引退後はスキーをはじめ、釣りやゴルフなどを心ゆくまで楽しみ、趣味の油絵にも没頭したいという夢を持っていました。
油絵の魅力に目覚めたのは、画家としても知られる加山雄三さん(87)の影響です。
2000年ごろ、加山さんの自宅で作品を見せてもらい、「絵は自分で感じたものを描くと面白い」と助言を受けたことがきっかけで、見よう見まねで描き始めました。
しかし、長野への移住準備が進む中、妻はなかなか賛成の意思を示さず、最終的には1年でその生活に区切りをつけることとなりました。

卒婚の果てに見えたもの「自由な暮らしと孤独の狭間」

清水アキラさんが妻と結婚したのは、24歳のときでした。
仕事に追われる日々が続いていたものの、ご自身では夫婦関係に問題はないと感じていたそうです。
しかし、移住の話が出た際、妻からは「田舎での暮らしは負担が大きい」との言葉が返ってきました。
東京生まれで東京育ちの彼女にとって、友人もいない長野での生活には馴染めないという思いがあったのです。
そこで清水さんは「卒婚」という形を提案し、2014年に単身で長野へ移住する決断をしました。けれども、「結果的には、油絵を1枚も描けませんでした」と振り返ります。
移住当初は、地元の友人と釣りに出かけたり、囲炉裏で魚を焼いたりと、自然の中での暮らしを楽しんでいました。
料理も嫌いではなかったといいます。
しかし、友人が帰った後の後片付けを1人でする時間に、ふと寂しさが胸に押し寄せました。
やがて清水さんは、夜になると洗濯物を持って車を走らせ、東京にいる妻のもとへ頻繁に戻るようになりました。
「朝、誰かと一緒にコーヒーを飲むことや、テレビを観ながら話す相手がいないというのが、こんなにつらいとは思いませんでした」と語ります。
広々とした家で1人で過ごしても、創作意欲はまったく湧かず、ついには約1年で卒婚生活を終え、東京へ戻ることを選びました。
その後、妻は体調を崩して手術を受けたこともあり、「これからは妻とたっぷり時間をともに過ごしたい」と、清水さんは心から思っているそうです。
最後に清水さんは、「関係が修復できる可能性があるなら、卒婚という形で一度立ち止まってみることをおすすめします」と語りました。

主婦を卒業、自分らしい人生へ踏み出した日

「主婦業を引退(?)します。『自立・自由・自在』な人生を目指して、希望を胸に前進します」
2014年1月、福岡市在住の檀葉子さん(69)は自身のブログでそう記し、「卒婚」への一歩を踏み出しました。
断捨離の第一人者であるやましたひでこさん公認のトレーナーとして活動するため、33年間連れ添った夫と距離を置き、一人暮らしを始めたのです。
大学時代に出会った同い年の夫と25歳で結婚し、3男1女を育てました。夫は仕事で多忙を極め、接待や単身赴任が続く中、家事と育児はほとんど檀さんが担ってきました。
当時は黒やグレーの服ばかりを選び、近所のスーパーでの特売チェックが日常でした。
「ヤサグレ主婦」と自嘲しながらも、子どもの部活の応援や、家中の荷物を上手に整理することがささやかな楽しみだったといいます。
しかし、50代の半ばに入り、子どもたちが次々と独立していくと、空虚感が押し寄せました。
「私の人生って、これで終わりなのかな」と思うようになり、社会とつながる生き方に憧れを抱くようになったのです。
夫が定年退職して2人きりの暮らしが始まっても、心が晴れることはありませんでした。
そんな時、目に留まったのがやましたさんの著書『新・片づけ術 断捨離』(マガジンハウス)でした。
「不要なモノを手放し、今の自分に必要なものを選び取る。新しい人生を歩みたいなら、過去の荷物を見直すことが大切」
この言葉に強く心を動かされ、長年しまい込んできた服や雑貨を思い切って処分したところ、気持ちまで軽くなったといいます。
その後、やましたさんのセミナーに何度も参加するうちに、「自分も誰かの手助けをしたい」と感じ、トレーナーの道を志すようになりました。
そして、「主婦」という肩書にしばられたままでは、次のステージには進めないと感じ、新たな人生へ踏み出す決心を固めたのです。

人生を整える選択、60歳前に決めた「卒婚」という道

檀葉子さんが58歳のとき、夫から「会社の早期退職制度を利用したい」と打ち明けられたことが、人生の大きな転機となりました。
その瞬間、「今が行動すべき時だ」と直感したといいます。
彼女は、断捨離トレーナーとして本格的に活動するために家を出たいと申し出ました。
最初こそ夫は驚いたものの、やがて「応援する」と理解を示し、2人は離婚することなく「卒婚」へと移行しました。
その後、月額10万円のマンションに転居し、新たな住まいを拠点に断捨離講座を開講しました。
最初は受講生が集まるかどうか心配だったものの、断捨離が世間の関心を集め、流行語大賞の候補になるほど注目を浴びたこともあり、数年後には講演の依頼が次々に舞い込むようになったのです。
卒婚後も、夫とは月に1~2回ほど顔を合わせています。
彼が自炊をしたり、庭の手入れや筋力トレーニングに励んでいる様子を見て、檀さんは安心感を覚えるといいます。
夫自身もこの別々の暮らしに快適さを感じているようで、健康を害するようなことがなければ、再び同居に戻ることはないだろうと考えているそうです。
「60歳を迎える前に、人生の断捨離を実行した結果が『卒婚』という選択でした。今はとても充実した毎日を送っています」と、檀さんは穏やかな笑顔で語っています。