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運動会が変わる!?時代に合わせた催しへ

2026/03/22子どもと写真

春や秋に行われる運動会の季節になると、学校行事の在り方にも時代の変化が色濃く反映されていることがわかります。
新年度を迎え、子どもの晴れ姿を写真に収めることを楽しみにしている保護者の方も多いでしょう。
たとえば、組み体操の内容が見直されたり、徒競走の実施方法が工夫されたりと、安全性や多様性への配慮が進んでいます。
また、従来の1日開催に代わり、半日で完結するプログラムも増えてきました。
このように形は変わりつつありますが、その背景には社会の価値観や教育現場の課題が影響しています。
一方で、子どもたちが仲間と協力しながら達成感を味わうという本来の目的は、今も変わらず大切にされています。
(※2025年5月17日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)

運動会が育む力、仲間と達成する教育効果と現代的な意義とは

映画監督の山崎エマさんは、2021年度の1年間にわたり東京都内の公立小学校を記録したドキュメンタリー映画「小学校~それは小さな社会~」の中で、運動会を重要な場面として描いています。
学校生活全体を教育の一環として捉える日本の特徴が、運動会に象徴的に表れていると考えたためです。
山崎さん自身は20年以上前、大阪の公立小学校に在籍していた頃、6年生の組み体操でピラミッドに挑戦した経験があります。
最初は困難に感じた課題も、仲間と協力し、教師の指導を受けながら乗り越え、本番で成功したときの達成感は非常に大きなものでした。
この体験は、その後の人生にも良い影響を与えているといいます。
一方で、中学生以降に通ったインターナショナルスクールには運動会は存在せず、代わりにスポーツデーが行われていましたが、当日に集まり簡単な競技やダンスを行う程度のものでした。
さらに進学先のアメリカの大学では、運動会の話をすると珍しがられ、日本特有の文化として関心を持たれたそうです。
現在の運動会は、山崎さんの小学生時代と比べて変化しています。
組み体操のようなリスクの高い種目は減少し、ダンスなどの表現活動が増えています。
しかし、集団で取り組むという本質は変わらず、子どもたちは「以前より上達する」といった目標を持ちながら努力しています。
最後までやり遂げる力を育てるという教育的意義は、今も維持されています。
また、身体的な理由などで競技への参加が難しい子どもも、放送係など別の役割を担うことで関わることができるようになっています。
山崎さんが撮影した学校では、ダンスの一部を子どもたち自身が考えるなど、主体性を尊重した取り組みも見られました。
この映画は海外でも評価を受けました。
欧米では個人を重視した教育が主流ですが、それは時に自己中心的な考え方につながることもあります。
そうした中で、日本の運動会のような集団活動は、コミュニティーのあり方を考えるヒントになると受け止められています。
山崎さん自身も、海外で責任感の強さを評価されることが多く、運動会での経験が自分の強みにつながっていると実感しています。
日本の学校では、運動会をはじめとした行事を通じて、思いやりや協調性など多様な力が育まれています。
子どもにはそれぞれ得意・不得意がありますが、さまざまな行事を組み合わせることで、バランスよく成長を支えているといえるでしょう。
もちろん、集団を重んじる風土には同調圧力といった側面も存在します。
しかし、社会に出ると組織の中で役割を果たすことが求められる場面が増えるため、運動会を通じて得られる経験の価値は総合的に見て大きいといえます。

混迷する社会情勢を反映?時代とともに変遷する運動会の役割

スポーツ史研究者の鈴木明哲さんによると、日本における運動会の起源は1874年、東京・築地の海軍兵学寮で実施された「競闘遊戯会」にさかのぼります。
その後、初代文部大臣である森有礼が、子どもたちの体力向上と国民意識の醸成を目的に運動会や兵式体操を推進し、全国へと広まっていきました。
当時の学校教育は、農村や漁村において労働力となる子どもを通わせる必要があったため、地域からの理解を得ることが課題でした。
そのため、収穫後の秋祭りと結びつける形で運動会が開催され、地域住民や保護者が参加できる行事として定着していきました。
このように、学校を地域に開く機会としての役割は、現在にも引き継がれています。
運動会の存在がなければ、日本における学校教育の普及は難しかったとも考えられます。
しかし、運動会の在り方は歴史の中で大きく変化してきました。
特に第2次世界大戦期には、軍国主義の影響を受け、手榴弾投げやバケツリレーといった軍事訓練的な競技が取り入れられました。
戦争末期には食料不足の影響で校庭が畑として利用され、運動会自体が実施できない状況も生じました。
戦後になると、運動会は「参加する場」から「見せる場」へと性格を変えていきます。
地域住民や保護者は観覧者としての立場が強まり、行事はエンターテインメント性を帯びるようになりました。
その流れの中で、見応えのある組み体操、特に大規模なピラミッドが定番化していったといえます。
一方で、組み体操における事故が問題視され、2016年にはスポーツ庁が安全性に配慮した実施を求める通知を出しました。
鈴木さんが校長を務めていた際にも、巨大ピラミッドの廃止を検討したところ、保護者から反対の声が上がったといいます。
運動会は子どもの成長を実感できる貴重な機会である一方、学校に対する期待が過度になっている側面もあると指摘しています。
近年では、こうした背景から組み体操に代わりダンスなどの演目が増えています。
完全に揃わない動きの中にも個性が表れ、人間らしさや成長過程が感じられる点が評価されています。
運動会は、その時代の社会状況を映し出す鏡のような存在です。
かつてのように明確な国家的目標が共有されていた時代とは異なり、現代では社会の方向性自体が多様化し、運動会の在り方も模索の途上にあるように見えます。
それでも、教育と同様に社会の変化に応じて柔軟に進化しようとする姿勢は、前向きに捉えるべきものでしょう。