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婚姻関係を保ちながらも、従来の夫婦像にとらわれず、それぞれの価値観や生活スタイルを大切にする「卒婚」という考え方があります。
劇的なプロポーズを受けて結婚しても、卒婚を選択する夫婦もいます。
夫の定年や子どもの自立といった人生の節目を機に、この選択をする夫婦が増えているようです。
「結婚を一区切りする」という決断について、実際に経験した人々の声をもとに考えていきます。
(※2025年2月2日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)
自由な人生を求めた選択とその葛藤
婚姻関係を続けながら別々に暮らす形を選んだものの、わずか1年で断念したケースもあります。
「長く連れ添った相手をあっさりと変える人が増えてきた」と語るのは、ものまねタレントとして知られる清水アキラさん(70)です。
清水さんは11年前、長年連れ添った妻(68)といわゆる「卒婚」という関係を選択しました。
卒婚とは、婚姻関係は維持したまま、お互いの行動や生き方を縛らずに尊重し合う柔軟な夫婦の形を指します。
2人の場合、そのきっかけとなったのは移住の希望でした。
芸能界という厳しい世界で長年活動してきた清水さんは、還暦を迎えた後は故郷である長野県での生活を望んでいました。
幼少期から親しんできたスキーは、高校から大学まで5年連続で国体に出場するほどの実力を持っています。
長野ではスキーに加え、釣りやゴルフを楽しみながら、趣味の油絵にもじっくり向き合いたいと考えていました。
油絵の魅力に引き込まれたきっかけは、画家としても知られる加山雄三さん(87)の存在でした。
2000年頃、自宅で作品を見せてもらった際に教えを求めると、「絵は自分の感性で描くのが面白い」と助言を受けたといいます。
その言葉をきっかけに独学で制作を続け、次第に没頭していきました。
その後、長野への移住準備を進めていきましたが、妻はこの決断に同意せず、最終的に意見の食い違いが生じることとなりました。
すれ違いの先に気づいた、共に過ごす時間の価値
清水アキラさんは24歳のときに結婚しました。
仕事に追われる日々を送っていましたが、自身としては夫婦関係は良好だと感じていたといいます。
長野への移住について妻に理由を尋ねたところ、「地方での生活は大変そう」との返答がありました。東京で生まれ育ち、知人もいない土地で暮らすことに強い抵抗があったようです。
そこで清水さんは「卒婚」という形を提案し、2014年に単身で長野へ移り住みました。しかし結果として、「結局、油絵は1枚も描けなかった」と振り返ります。
移住当初は、地元の友人と釣りに出かけたり、囲炉裏で魚を焼いたりと、自然に囲まれた生活を楽しんでいました。料理も苦ではありませんでしたが、友人たちが帰った後、1人で片付けをしていると、ふとした瞬間に強い孤独を感じるようになりました。
夜になると、洗濯物を持って東京の自宅へ戻ることが増えていきました。
「朝に一緒にコーヒーを飲む相手がいないことや、何気ない会話を交わす人がいないことが、これほど寂しいとは思いませんでした」と語っています。
広い家で1人きりの時間を過ごす中で、創作への意欲も湧かず、油絵に向き合うこともできませんでした。
こうした生活は約1年で終わりを迎え、再び東京での生活に戻ることになりました。
その後、妻は数年前に体調を崩し手術を受けました。
これまでの苦労を思い返し、「これからは時間を惜しまず、できるだけ一緒に過ごしたい」と考えるようになったといいます。
清水さんは、「もし関係を修復できる余地があるなら、卒婚という選択に踏み切る前にもう一度立ち止まって考えてみることも大切です」と話しています。

